ストレス環境b「年齢も年齢だし頑張って早く資格を取らないと。」「将来どうするんだ?」



この頃両親からよく言われていた言葉です。定職に就かずにいる30代なのですから、両親の言うことも当然です。



私も焦りや不安を抱えて勉強をしていましたし「頑張らないといけない!」と気を張っていました。ただ、この頃から勉強したことが頭に入らなくなり、イライラすることも多くなってきました。



資格勉強のストレス・・・、というよりは、急かされるストレスの方を強く感じていたのでしょう。両親と会話するのがとても嫌でしたから。



3日に一度は「将来はどうするんだ?」とか「今のままじゃ誰も認めてくれないぞ」という言葉をかけられたら安らげないですからね。



発症前の私の状況については⇒私のストレス環境1でご確認ください。


父親の酒癖

ストレス環境b2父が何度も頻繁に『将来どうするんだ?』と言っていた理由は、父親がお酒を飲んだ席で私に会話を投げかけてくるからです。



毎日のように酒を飲む父親は、翌日には自分の話したことをほとんど覚えていないなんてことが度々ありました。そして父親のお酒は「説教型」。



つまり、私自身が抱えていた『焦り』や『不安』を頻繁に指摘され、本人は指摘したことを忘れるわけですから、私のストレスは増え続けていて当たり前なわけです。



「じゃあキチンと父親にそのことを指摘すればいいじゃない?」と思われるかもしれません。



しかしすでにお話したとおり、私の心のなかの父親像は「苦手な存在」であり、気軽に悪い点を指摘できる対象ではありませんでした。



しかも今の父親には『家に住まわせてもらっている』という負い目があるため反抗はできないと、子供の頃から培ってきた経験と癖で無意識に考えていたのです。



ただ私には、父親にはキチンと話せばわかってもらえるという気持ちはありました。ですがそれも叶うことはありませんでした。



なぜなら、話をしようとするとそれを母親が止めたからです。


母親がうつ病だった

ストレス環境b3実はこの頃母親はうつを患っており、母親はうつ病特有の不安から「(父と私が)衝突して波風を立ててほしくない」という思いが強く現れており、私に泣きながら懇願して訴えてきたのです。



そういった理由から私は母親に強く反抗できず、父に対する私の鬱憤は飲み込むことしかできなくなっていました。


  • 父親からの指摘に対して何も言えない。
  • 定職に就かずに資格も取れていない焦り。
  • 家に住まわせてもらって負担をかけているという負い目。
  • 迷惑をかけている申し訳無さ。
  • 母親の病気もあるため自分の気持ちを強く表に出すことができない。




この状態が三年ほど続き、別の病気のストレスも重なった時期、2011年2月11日に友人宅から帰宅する途中に突然パニック発作を起こし、長い闘病生活が始まるのです。


今では両親を大事に思えています

ストレス環境b4ちなみに、ここまでいろいろ父親のことについて書いていますが、私は病気が治りつつある今、父親のことを尊敬できるようになってますし、嫌悪感も持っていません。



酔っ払って記憶を忘れるというのは父親の悪いところですが、実子でない私にここまでフォローしてくれる器量は素直に尊敬できます。



「良い所があるから悪いところは我慢しよう」という、プラスマイナスで相殺する考え方ではストレスが溜まるだけです。



良い部分は良い部分。だけど悪い部分は悪い部分と、分けて考えられるようになってから、ほんとうの意味で父親を尊敬できるようになりました。



父親は相変わらずお酒を飲みますが、酔いが回ってきたなと感じたら私は父親から離れるようにしています。



昔は「あからさまに離れるのはまずいかな」と思っていたのですが、今では酔っている父を避けることに後ろめたさを感じません。



いくら父を尊敬していても、嫌な点は嫌ですから。父親もお酒をやめるつもりはないと言っていますからね。



ただ、昔は酔っている父親が嫌いでしたが、今では「まぁ鬱憤は溜まるからお酒で発散したいんだよね~」と、軽く思えるようになっています。



ストレス環境b5不思議なことに、良い部分と悪い部分を分けて考えるようになってから、父親の良い点を掛け値なし尊敬できるようになりましたし、父親の悪い部分(酒癖)も我慢ではなく受け入れることができるようになったのです。



だからって晩酌の相手をする気はサラサラありませんけどね。



私は思考の癖を変えてから、『酔っ払った父親から離れる』というキチンした対処方法を身につけたと同時に、自分を責めない気持ちを持ちました。



今から一~二年ほど前くらいから母親のうつも良くなってきたため、母親に「父親が酔い始めたら自室から出ないから」とあらかじめ伝えていました。



私は病気を患ったおかげで心の持ち方を変えることができましたし、自分に自信をもつことができるようになりました。



そして行動を積み重ねることで少しずつ環境が変わり、パニック障害と全般性不安障害を発症する前と同じ『実家』という状況にありながら、今では『実家』という環境が過ごしやすいものへと変わっています。



環境のストレスが私の中でどのような変わっていったのかについて、次でさらに詳しく紹介します。
⇒私のストレス環境3
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