行動療法を独自で頑張っていました!

2011年9月 電車2011年10月。予期不安や広場恐怖は相変わらずでしたが、この頃は頑張って電車に乗る練習をしていました。



軽度のパニック発作はあったのですが、何度も乗っているうちに少し自信はついていたように思います。「発作が出ても死ぬことはない」という自信です。



今思えば、この時期に『自分がこれまで持っていた思考の癖や偏った物の考え方』について自覚があれば、もしかしたらこの時期以降数ヶ月でパニック障害や全般性不安障害が治っていたかもしれません。



森田療法の知識もありましたし、この頃にはまだ残っていた『気力』があったため、行動療法を自分で行う力は残っていましたから。



思考の癖を自覚し、少しずつでも治し、人を頼ることができればもっと早く治っていたかもしれません。



ま、たらればを言っても仕方ないですし、私はその後に経験する地獄のような日々も、これからの私の人生を良くするために必要なことだったと今では思えています。



 

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電車の乗車は毎回が戦いだった・・・けど?

この時期はフラフラになりながらも10分~15分は電車に乗れていました。ただし各駅停車です。田舎に住んでいるので鈍行しか走っていなかったんです。



その代わり、一駅5分はかかりますからそれはそれでキツかったですけど(;´∀`)



人はすごいものですね。何回も電車に乗っていると少~しずつですが慣れてきました。もちろん乗るときはいつも心のなかで『乗るか、乗らないか』のせめぎ合いでしたけど。



「発作が起こっても5分したら(次の駅に着いて)外に出れるし、タクシーで帰るだけのお金は持っている。冷たい水も用意したし、万が一のための頓服もある。」



いつもこんなことを考えながら、最後は『えいや!』で電車に乗っていました。いつも扉が閉まってから後悔していたのですが、この時期くらいからその後悔がホンの少しずつですが小さくなっていったんです。



症状は出るのですが、「今まで何度も乗っているから大丈夫だろう」という成功体験が、乗車後の『乗るんじゃなかった』という後悔を薄れさせていったんだと思います。



3駅先から地元に駅に戻ってきて、電車を降りた時の「(*´-∀-)ホッ-3」とした感じや、駐輪場のおばちゃんと交わす会話で少しリラックスできていたことを今でも覚えています。



それでも症状は積み重なっていく

2011年9月 肩こりこの時期は電車のチャレンジを繰り返し行うことで、『電車に乗る』という習慣が『電車は怖い』という誤った知識を、本当に少しずつですが削っていきはじめた時期です。



「電車は怖くない」という言葉を何度も自分の心で唱えながら乗っていたのが奏したのでしょう。



しかし、それと同時にこの時期は、パニック障害や全般性不安障害の症状が慢性化してきた時期でもありました。特に顕著に現れだしたのが『首こり、肩こり、背中のこり』です。



症状の一つに『首や肩のこり』を訴える人が多いですが、私もこの時期から特にこの症状が気になるようになってきたのです。



この時期はまだ「首こりがしんどい・・・」という感じだったのですが、11月の中旬あたりからから首の凝りや痛みからも不安の症状が引き起こるようになってきたのです。



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